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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)1799号 判決

原告

大曲巽

被告

吉本清子

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、各自、金六四九万五二六七円とこれに対する昭和六〇年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告らは原告に対し、各自金一一〇四万四九九五円とこれに対する昭和六〇年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  交通事故の発生

原告は次の自動車玉突き事故により負傷した。

(1) 日時 昭和五八年一一月八日午後四時三〇分ころ

(2) 場所 神戸市中央区海岸通一〇番地先交差点付近

(3) 加害車両 普通乗用自動車(神戸五八に一九〇)

保有者 被告吉本清子(以下「被告清子」という。)

運転者 被告吉本彰八(以下「被告彰八」という。)

(4) 第一被害車両 軽四輪乗用自動車(八八神戸五八え八七九七)

運転者 訴外山内雅弘

(5) 第二被害車両 普通乗用自動車(神戸五八ゆ六五一三)

保有者 訴外大曲星二

同乗者 原告

2  責任原因

被告清子は加害車両の保有者であるから自賠法三条により、被告彰八は本件事故当時加害車両を運転していたものであり、本件事故は被告彰八の前方注視義務違反により発生したものであるから自賠法三条、民法七〇九条により、損害を賠償する責任がある。

3  受傷・治療経過・後遺症

原告は、本件交通事故により、頸椎捻挫の傷害を受け、その治療のため、昭和五八年一一月八日から同月一八日まで金沢三宮病院に通院し、同月一九日から昭和五九年三月六日まで一〇九日間入院し、さらに同年同月七日から昭和六〇年七月末日まで同病院に通院(うち実治療日数三九五日)して、それぞれ加療を受けたが、同年七月三一日、頸椎捻挫の後遺症(頸部前後屈・回旋・側屈時の疼痛及び運動制限。自賠法施行令別表第一四級に相当する。)を残して、症状固定した。

4  損害

(一) 治療費 金四一四万二五四〇円

(二) 通院交通費 金二五万〇一三〇円

但し、昭和五九年一〇月三一日までの通院交通費金一一万七六五〇円(但し、すでに受領ずみ)

但し、昭和五九年一一月一日から昭和六〇年七月三一日まで九か月分金一三万二四八〇円、毎月平均二三日バスで通院・一日六四〇円として計算

(三) 入院雑費 金一〇万九〇〇〇円

(四) 休業損害 金九一一万三七二三円

(内訳)

(1) 昭和五八年一一月七日から昭和六〇年二月二八日まで(四七九日間)

一日平均給与金一万一四〇九円の四七九日分金五四六万四九一一円と右期間の賞与減給分金一〇四万〇八五九円(但し、昭和五八年一二月金一一万七一四〇円、昭和五九年七月金四五万五一一三円、同年一二月金四六万八六〇六円の合計)の合計金六五〇万五七七〇円

(2) 昭和六〇年三月一日から同年七月三一日まで(一五三日間)

一日平均給与金一万一四〇九円の一五三日分金一七四万五五七七円と右期間の賞与減給分金八二万二三七六円(但し、昭和六〇年七月金四六万六三七五円、同年一二月金三五万六〇〇一円の合計)の合計金二六〇万七九五三円

(五) 後遺症逸失利益 金二七〇万九四二五円

年収 金五〇〇万円

労働能力喪失率 五パーセント

労働能力喪失期間 一六年間(六七歳まで)

ライプニツツ係数 一〇・八三七七

(六) 入・通院慰謝料 金一五五万円

(七) 後遺症慰謝料 金七五万円

(八) 弁護士費用 金一〇〇万四〇九〇円

5  損益相殺

原告は被告らから、本件交通事故の内金として、合計金八五四万三九一三円を受領したから、右1(一)ないし(八)記載の損害金合計金一九六二万八九〇八円からこれを控除すると未払損害額は金一一〇八万四九九五円となる。

6  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、金一一〇八万四九九五円とこれに対する本件事故発生日の後である昭和六〇年一二月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否)

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実中、原告が金沢三宮病院において、昭和五八年一一月八日から同月一八日まで通院したこと、同月一九日から昭和五九年三月六日まで入院治療を受け、その後も通院を続けていたこと、昭和六〇年七月三一日を症状固定日とする自賠責保険後遺症診断書が作成され、自賠法施行令別表第一四級の後遺症事前認定がなされたことは認め、その余の事実は、知らない。

本件事故により、原告が同乗していた第二被害車両に加わつた衝撃加速度は、〇・五八Gを上回ることはないが、右加速度は、我々が自動車に乗用している際に日常経験する程度のものであるから、原告が本件事故により受傷したとの事実には強い疑問が存する。

仮に、原告が本件事故によりなんらかの傷害を被つたとしても、原告主張のような重篤なものではなく、原告主張の症状には、本件事故との相当因果関係が存しない。

原告の症状固定時期は、遅くとも本件事故後約六か月を経過した時点とみなすべきである。また、本件では入院治療の必要性も存しなかつた。

3  同4は争う。

4  同5の事実中、被告らが原告に対し、金八五四万三九一三円を支払つた事実は認める。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(交通事故の発生)、同2(被告らの責任原因)はいずれも当事者間に争いがない。

従つて、被告らは原告に対し、本件交通事故により生じた損害を賠償する責任がある。

二  受傷・治療経過・後遺症

1  被告ら代理人は、本件事故により第二被害車両に加わつた加速度は〇・五八Gを上回ることはないから、原告が本件事故により受傷したとの事実には強い疑問が存する旨主張し、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四号証(技術士林洋の東京海上火災保険株式会社宛の鑑定書。以下単に「林鑑定」という。)中には右主張にそう記載部分が存するので検討する。

右林鑑定は、鑑定資料として提供された大曲星二の供述調書(乙第一号証の一〇)と実況見分調書(乙第一号証の六)の記載から、〈1〉第二被害車両が本件事故による衝撃により場所の移動をしていないことを認定したうえ、これを前提に第二被害車両に加わつた衝撃加速度は〇・七G以下であるとし、さらに、〈2〉加害車両が追突後〇・五メートル前進して停止していることから同車両の追突時の速度を時速一六・七キロメートルであつたと推計し(なお、衝突時加害車両の運転者が制動措置をとつていたことを右推計は全く考慮していない。)、右数値を基礎に第二被害車両に加わつた衝撃加速度は〇・五八Gであると推定し、右程度の衝撃では頸椎捻挫が生じることはおよそ考えられないと結論づけている。しかしながら、右〈2〉については、実況見分調書の記載から認定した加害車両の追突地点から停止地点までの前進距離〇・五メートル(なお、右数値自体必ずしも正確なものともいえない)と路面の摩擦係数のみからの推計であつて、加害車両の制動措置、第一被害車両のサイドブレーキの有無並びに同車の右前進距離に与える影響を全く考慮していない点で合理性がないうえ、加害車両が時速約五〇キロメートルで走行中、前方約一〇・三メートルの地点に第一被害車両を発見し急制動の措置をとつた旨の右実況見分調書中の記載から推計しうるであろう加害車両の追突時の速度を計算していない点で公正に欠ける計算方法というべきである。また、右〈1〉については、第二被害車両が本件事故による衝撃により場所の移動をしなかつたことを前提にしているが、本件全証拠によるもそのように断定できるものではない。

以上のとおり、林鑑定中、衝撃加速度の推計部分は必ずしも合理性がないから、右鑑定を前提とした被告ら代理人の主張は理由がなく、後記のとおり、その程度はともかくも、原告は本件事故により受傷したものというべきである。

2  請求原因3の事実中、原告が金沢三宮病院に昭和五八年一一月八日から同月一八日まで通院したこと、同月一九日から昭和五九年三月六日まで同病院で入院治療を受け、その後も通院を続けていたこと、昭和六〇年七月三一日を症状固定日とする自賠責保険後遺症診断書が作成され、一四級の後遺症事前認定がなされたことは当事者間に争いがなく、右争いなき事実にいずれも成立に争いのない甲第一号証、甲第二号証の一、二、甲第三ないし第五号証、証人金沢秀樹の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると原告は本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、昭和五八年一一月八日から同月一八日までと昭和五九年三月七日から昭和六〇年七月三一日まで金沢三宮病院に通院し(うち実治療日数三九五日)、昭和五八年一一月一九日から昭和五九年三月六日まで一〇九日間同病院に入院して、頭・項部の痛み、睡眠障害、頭重感等の症状につき、ビタミン剤・鎮痛剤の投与及び頸椎けん引・ホツトパツク等の治療を受けたが、昭和六〇年七月三一日、原告の右傷害は、頸部前後屈・回旋・側屈時の疼痛等頸椎捻挫の神経症状の後遺症(自賠法施行令別表第一四級に相当する程度のもの)を残して症状固定したことが認められる。

3  被告代理人は、仮に本件事故により原告になんらかの傷害が発生したとしても、その程度は軽微なものであつたから入院加療及び長期の通院加療は必要なく、またその症状固定時期は本件事故発生から約半年後と考えるべきである旨主張するが、原告がことさら長期の入・通院を希望した形跡の認められない本件にあつては、担当医師の指示に従つてなされた入・通院治療は、特段の事情のないかぎり、医学上必要な治療と認めるのが公平の理念に合致する取扱であるものというべきところ、担当医師も指摘するように、原告が若干神経質なために治療が長期化したとの事情があるとしても、証人金沢秀樹の証言によれば、本件入・通院治療は担当医師の判断・指示に基づきなされたものであることは明らかであり、その症状固定も同医師の判断によりなされたものであることが認められ、本件全証拠によるも、右医師の判断・指示が特段に不相当なものとは認めるに足らないから、被告代理人の右主張は採用しない。

三  損害

1  治療費 金四一四万二五四〇円

原告は、前認定のとおり、金沢三宮病院において、本件事故による傷害の治療を受け、いずれも成立に争いのない甲第七号証の一ないし五によれば、その治療費として合計金四一四万二五四〇円を要したものと認められ、右認定に反する証拠はない。

2  通院交通費 金二三万七〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は前記金沢三宮病院への通院手段としてはバスを利用し、その通院交通費としては一日あたり平均して、金六〇〇円を要したものと認められるところ、前認定の三九五日間の通院交通費としては、一日六〇〇円の割合で計算した金二三万七〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

3  入院雑費 金一〇万九〇〇〇円

原告は、前認定のとおり、本件事故により、一〇九日間の入院加療を受けたが、右入院期間の入院雑費としては、一日一〇〇〇円の割合で計算した金一〇万九〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

4  休業損害 金七六四万四三六二円

前認定の治療経過に前記甲第二号証の二、成立に争いのない甲第六、第八号証、甲第九号証の一ないし五並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、本件事故当時、三友企業株式会社に船内作業員として勤務し、同会社から一日平均九四二九円(但し、賞与を除く。)の給与をえていたが、本件事故により昭和五八年一一月七日から昭和六〇年七月三一日までの六三二日間休業を余儀なくされたこと、また、原告は本件事故による右休業のため、昭和五八年一二月支給分として金一一万七一四〇円、昭和五九年七月一三日支給分として金四五万五一一三円、同年一二月一一日支給分として金四六万八六〇六円、昭和六〇年七月一六日支給分として金四六万六三七五円、同年一二月一二日支給分(前記のとおり、本件においては同年七月三一日までの休業を本件事故による休業と認めるから、甲第九号の五により認められる賞与減給額三五万六〇〇一円の約二分の一にあたる一七万八〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。)として金一七万八〇〇〇円の合計金一六八万五二三四円の賞与の支給を受けられなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そこで、右認定事実を基礎にして、右期間の原告の逸失利益を計算すると、次の計算式のとおり、合計金七六四万四三六二円となる。

9429×632+1685234=7644362

5  後遺症逸失利益 金四〇万六二七八円

前認定のとおり、原告は本件事故により、頸部に神経症状の後遺症を残し、右症状は昭和六〇年七月三一日固定したが、右後遺症の部位・程度・原告の職種等諸般の事情を考慮すると、右後遺症による労働能力喪失率は五パーセント、労働能力喪失期間は二年間であると認めるのが相当である。

そこで、前認定の原告の年収(一日九四二九円の一年分に年間賞与九二万三七一九円を加算した金四三六万五三〇四円)、労働能力喪失率(五パーセント)、同喪失期間(二年。ホフマン係数一・八六一四)を基礎にして後遺症による逸失利益を計算すると、次の計算式のとおり、金四〇万六二七八円(円未満切捨)となる。

4365304×0.05×1.8614=406278

6  慰謝料 金二〇〇万円

前認定の原告の傷害の部位・程度、入・通院期間、後遺症の部位・程度、本件事故の態様その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、本件事故によつて原告が被つた精神的苦痛を慰藉すべき慰謝料としては、入・通院期間中のそれとして金一四〇万円、後遺症その他のそれとして金六〇万円の合計金二〇〇万円をもつて相当であると認める。

7  損益相殺

請求原因5の事実中、被告らが原告に対し、金八五四万三九一三円を支払つたことは当事者間に争いがないから、右1ないし6記載の損害金合計金一四五三万九一八〇円からこれを控除すると、金五九九万五二六七円となる。

8  弁護士費用

原告が本件訴訟を原告訴訟代理人に委任していることは本件記録上明らかであり、相当額の着手金・報酬を右代理人に支払うべきことは弁論の全趣旨により認められるところ、本件訴訟の内容、経過、立証の難易、認容額等本件訴訟にあらわれた諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、金五〇万円をもつて相当であると認める。

四  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、金六四九万五二六七円とこれに対する本件事故発生の日の後である昭和六〇年一二月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉森研二)

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